シモキタに来ると、都会の人間になったような気がしていた。
高校を卒業するまで千葉の地元をほとんど出たことがなかった私は、都内の大学に通うことになって、ほとんど初めて、東京と呼べる場所で過ごすことになった。田舎からの通いではあったけど。
大学時代に古着を好んでいた私は、時間さえあればよくシモキタで服を見ていた。当時付き合っていた彼も古着が好きで、一緒によく足を運んでいた。ヴィレッジヴァンガードは私のすべてだった。
講義の空き時間、暇がかぶった友達と大学を出る。
別の友達とすれ違い、「どこ行くの?」と聞かれ、「えっと、シモキタ」と答える自分に、いちいちうれしくなっていたのを思い出す。シモキタ、という響きがいいんだ。
浅野いにお先生の漫画を読んで、真っ黒でダボダボのモッズコートを着て、頭を金髪にして、派手にピアスを開けて、ギターを背負って……。
田舎から出てきたばかりの私にとって、シモキタは憧れのすべてが詰まっていた。私にとって東京とは、今思うと、ほとんどシモキタのことだった。
口を開けば、「いつかひとり暮らしを始められたら、私、シモキタに住むんだ」なんて言っていた。
あれから約10年。当時は「結婚したいね」なんて言っていた彼とは大学を卒業するころには別れてしまい、昨年私は結婚した。
「私は18歳からなんにも変わっていない」と思ってきたけれど(今でもたまに金髪にはするし、ダボダボの服ばかり着るし)、どうやらそうでもないらしい。
憧れていた気持ちを忘れたころに、たまたまシモキタの近くに引っ越してきて、気づけば職場もシモキタになっていた。
今回この文章を書くにあたって下北沢について考えて、ようやく「18歳の私にとって東京といえば、ほとんどシモキタのことだった」と思い出した。それくらい遠くまできてしまった。
憧れが当たり前になったころ、人は大人になるのだろうか。
……でも、心のどこかで私にとっての東京がシモキタ以外にないからこそ、大学時代から10年経った今もまだ、シモキタにいるのかもしれない。
私にとっての東京がシモキタでなくなる日は来るのだろうか。
でも今年もたぶん、打ち合わせで「オフィスどちらなんですか?」と聞かれたら、「えっと、シモキタです」なんて答え続けるんだ。
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